父が遺した腕時計の不思議なお話

 

僕は腕時計が嫌いだ

 

手に絡みつく感触がむず痒い、汗をかくと気持ち悪い、安くない、だから僕は腕時計をしない

 

大学を卒業した時、父が腕時計をくれた

 

カルバンクラインでフェイスが小さめのシンプルな腕時計

 

卒業祝いがこれ?しかもお下がりじゃん。

 

社会人だから、腕時計くらいはいいのを使え。

 

そう口にした父は腕時計が好きだった

 

父の部屋の箪笥上から2段目は、まるで腕時計達の部屋だ

 

安いものから高そうなものまでよりどりみどり

 

対して僕はやっぱり腕時計が嫌いだ

 

仕事を始めると同期はみんな腕時計をしている

 

仲間外れが嫌いな僕は渋々腕時計をして社会人の荒波に飲まれることにした

 

 

 

社会人2年目、もらったばかりの腕時計が頻繁に止まるようになった

 

なんだよ。ポンコツ時計。

 

動き出す、止まる、動き出すの繰り返し。気づけば、腕にはめても時間は携帯で確認してた

 

その年の夏、父が入院した

 

18歳で田舎を離れた自分にとって、社会人2年目に頻繁に帰省することは難しい

 

父の容態が気になりながらも仕事を続けた

 

ようやく取れた休みで見舞いに行くと、黒い髪が自慢だった父の髪は白かった、髭まで白かった

 

僕の顔を見るとニコリと笑うが、その目は自分ではなくどこか遠くを見ているようですごく不安だった

 

不安は的中した

 

田舎から戻って数日後に父は亡くなった。そのまま田舎へまたすぐに帰省することになった

 

通夜も葬儀もあっという間で実感がまるで湧かない

 

数日前に会話した父がもうこの世に存在しない、涙は不思議とあまり出なかった

 

父が死んでも日常は戻り、葬儀が落ち着いて休みをもらった後は当然仕事に復帰した

 

 

 

気づくと父からもらった腕時計が完全に止まっていた。うんともすんともしない

 

…このポンコツ。

 

面倒だけど時計屋に持っていく。慣れた手つきで職人が蓋を開けると、職人がふとこんなことを言う

 

電池、交換してまだそんなに経ってないけどもう切れてるね。ほら見て、電池に交換した日にちが書かれてる。

 

見ると確かに日にちが書いてある、ちょうど1年半くらい前

 

この電池は2年以上は持つんだけどね。不思議だね。

 

父が入院したころ頻繁に止まりだした腕時計、父が死んでから完全に止まった腕時計

 

 

 

あぁ、そうか。お前、持ち主のところに帰ったのか

 

 

 

父からもらった腕時計が、まるで父の命を映す鏡のようだった

 

それじゃ、電池を交換するね。

 

そう言う職人に

 

いえ、大丈夫です。きっと壊れているんです。

 

そう伝えて時計屋を後にした。

 

 

 

僕は腕時計が嫌いだ

 

でも不思議だ、僕の棚には腕時計が3つもある、あれだけ嫌いだったのに

 

父のように多くはないけれど、いつの間にか自分で買った腕時計が増え、大事にしている

 

夏の暑い季節が近づくと、毎年父からもらった腕時計を思い出す

 

今はもう動くことのないカルバンクラインの腕時計

 

僕の腕にもうはまることのない腕時計

 

これからは僕が好きになった腕時計を大事にしていきたいと思う

 

おとう、それでいいかな

 

来年のお盆に、また

空を見上げて
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